クラウドファンディングをやってみることにした② 「教える」の原体験

前回記事の続きです。

クラウドファンディングで子ども向けお金の教科書を作る!
というプロジェクトの立ち上げを決定して、色々な人にご協力をお願いしているところです。

そもそも何で子ども向けに「お金の教科書」を作りたいと思ったのか、
その思いについてせっかくだからまとめておきたいと思います。

原体験1 「教える」体験

twitterでも書いていたことですが、子ども時代に、

運動神経の悪い子だった僕は、
小学生のころ、両親から「1日縄跳び1000回」を課された

苦痛だったがだいぶ飛べるようになった

近所の下級生のお母さんから「うちの子にも教えてほしい」と頼まれた

・・・という経験をしました。

そのころから自分は「人に教える」ということに妙な使命感を抱くようになり、

・高校時代にこっそり家庭教師をやったり
・新聞配達時代に同僚の公務員試験の勉強を手伝ったり
・大学時代、複数の塾講師を掛け持ちしたり
・同じころ楽器(サックス)のインストラクターとしてもお金をもらったり
・会計士になってから専門学校のチューターのアルバイトをしたり
・大学・大学院で監査業務のロールプレイングを指導したり
・そして、今は子供向けにスピーチやビジネスの授業を行うようになったり

「教える」ということがいつの間にかライフワークになっていたのだな、と思います。

人にものを教えているとき、相手の「?」が「!」に変わる瞬間。
(「!」というよりは電球マークのようなイメージかもしれない)
その瞬間が自分にとって何よりもやりがいを感じるんですよね。

特に、縄跳び教室(笑)と、大学時代のサックスのインストラクターとしての活動は
「体の動かし方」「手指の使い方」「息の流し方」など、
非常に言語化が難しいことを教えるという意味で、非常に貴重な体験でした。

おかげさまで、子ども向けの活動も少しずつ認知が高まってきて、
同時に企業向けの研修のお仕事も継続していただけるようになって、
だんだんと自分の「教える」がビジネスとして軌道に乗りつつあるわけですが、

そんな自分が抱えている壁が、自分の時間という制約。

たとえば、今までスピーチを教えた子どもたちの延べ人数は1000人を超えます。
これはこれでとてもうれしいことなのですが、いっぽうで、子どもの人数は1000万人近くいるわけで、
それに比べればほんのわずかな割合でしか自分の「教える」は波及していないわけです。

だからといって、仮に24時間、365日の体制で働いたとしても、
自分ひとりで「教える」を提供できる相手の数には限度がある。

その壁を超えるためには、
教科書や色々なコンテンツを作って広めるしかない。

学校、塾、家庭といった場所で、自分が作った教科書を使って楽しく学んでもらえれば、
間接的にではあるが、自分が「教える」という目標を、より広い範囲で達成できるかもしれない。

自分が今回のクラウドファンディングを志したひとつの理由が、そこにあります。

原体験2 新聞奨学生+深夜勤バイトの経験(次回はこれについて話します)

原体験3 私立大学を監査した経験(次々回はこれについて話します)