クラウドファンディングをやってみることにした③ 「苦学生」の原体験

前回記事の続きです。

Facebookで協力の呼びかけをしたら100人以上の方から声がけをいただき、本当に有難い限り。
その支援の声にこたえられるものをしっかりと作ろうと思っています。

さて、今日は前回に引き続き、クラウドファンディングのプロジェクト立ち上げに至った経緯を書き連ねていきます。

原体験2 苦学生の体験

高校在学中に父が勤めている会社が倒産してしまい、僕は進路を大幅に変更することになりました。

 

関西の大学に下宿しながら通うというプランを諦め、東京の大学を志望した結果見事に不合格になり、第2志望の私大に進学するとともに、学費の補てんのために新聞奨学生として働くことに。

その後、大学から「このままではどう頑張っても単位が足りないので配達の仕事はやめなさい」と言われ、代わりに貸与型の奨学金の紹介を受けました。それなら学費の心配はいったんはいらないから、と。

「単位が足りないから」と言われれば、自分はその勧めを受け入れるしかなく、新聞配達の仕事はすぐにやめる羽目になり、代わりに「奨学金」という名の負債を背負うことになります。

奨学金の範囲はあくまでも学費だけなので、交通費や教科書代、資格の勉強代を稼ぐために
・塾講師のバイト
・深夜帯の飲食店のバイト
などを掛け持ちして何とか日々を生きていました。

 

経済学部に通い、かつ会計の資格取得を目指して勉強をしていた僕がこの頃得たものは、

  • お金がどうやって世の中を回っているか、という仕組みの知識
  • そんな世の中に対する怒りのような絶望のようなよくわからない感情

の2つでした。

 

気付けば自分は大学生活に必要なお金・・・という枠組みを超えてひたすらアルバイトに没頭してお金を稼ぐようになり、そのお金(もちろんアルバイト代なので大したことはないですが)で、「怒りのような絶望のような感情」を穴埋めするようにゲームや飲み代といった浪費に回し続けていました。

どんなにお金の知識が豊富で正確であっても、その根っこにある「お金との接し方」が健全でない限り、浮かび上がることは難しい。

当時のことを振り返って今ようやくそのことを実感できるようになりました。

 

「お金との接し方」を、学校で本格的に学ぶ機会は、今のところ存在しません。

じゃあどうやって学ぶかというと、今のところ「ご両親」から学ぶしかないわけです。

そうすると、
「勤め人の子は勤め人としての」
「債務者の子は債務者としての」
「経営者の子は経営者としての」
お金の接し方を学ぶことになる。

金持ち父さん、貧乏父さんの著者のロバート=キヨサキ氏も、もともとは公務員の子で、「良い学歴、良い職場、そして慎ましい生活」という哲学を実の親からは教え込まれていたわけです。

友人のマイクの父(これが金持ち父さんです)に出会わなければ、あの本が生まれることも、あり得なかった。

富や貧困が子の世代に引き継がれるのは、
単に相続などの税制の問題だけではなく、こういった思考回路の伝承の影響が大きいと僕は思います。

 

クラウドファンディングで作ろうとしている「お金の教科書」はそういったネガティブな思考回路の伝承に歯止めをかける意味でも、とても大事な存在になるようにしたい・・・と、思っているところです。

 

原体験3 私立大学を監査した経験(次回はこれについて話します)