子供のプレゼンを見て思った、パワーポイントの功罪

(画像はイメージです)

昨日の投稿でもお話しましたが、先日、子供たちのプレゼンテーション大会を見てきました。

地元の河川をきれいにするためのプロジェクトの紹介や、勉強ができるようになるためのコツなど、
本当にさまざまな切り口でのプレゼンテーションが展開されていて、刺激をもらいました。

そんな中でひときわ印象的だったのが、子供たちが作ったパワーポイントの資料。

写真やオートシェイプにいろいろなアニメーションを搭載させて、
文字のフォントは種類もサイズもいろいろなものを使っていました。

子供が作ったスライドである、と理解しているからこそ、
「ああ、パワーポイントのいろいろな機能を楽しそうに使っているなぁ・・・」
と微笑ましく思えるわけですが、

仮に、同じような資料を大人が作ったら、
「ゴミゴミしてて悪趣味だな・・・」
と思わざるを得ない。

そして、ある2つの例外を除いて、
多くのビジネスパーソンがその「悪趣味な」スライド作りをしてしまっています。
(ある例外、については後述します)

 

子供のころに図工の授業で絵の具を使うようになったときのことを、よく覚えています。

確か、デフォルトで購入することになっていた絵の具は12色くらいのものだったと思いますが、
そのとき思ったのは「とにかく色々な色を使いたい!」ということでした。

・色鉛筆にはあって絵の具にはない「肌色」の作り方
・なぜかその名前のイメージだけで流行った「エメラルドグリーン」の作り方
・そういえば、「金」とか「銀」ってどうするんだろう?

色を使うことが目的化していて、
「描きたいものの色を再現する」とか、そういうのはある意味二の次・・・という瞬間が
どなたにもあったんじゃないかと思います。

・・・そして、おそらくその時期は、子供たちが成長して
それなりの絵心を持つようになるまでのプロセスとしては、
とても大事なものなのでしょう。

 

パワーポイントにも、同じことが起こっているわけです。

・いろんなフォントを使いたい!
・いろんなアニメーションを使いたい!
・インパクトのあるページを作ってみたい!

・・・そういう思いが
「伝えるべきメッセージ」もっといえば
そのメッセージを「受け取る人」を、ある意味置き去りにしてしまう。

 

子供たちが作った”そういうスライド”が微笑ましく見えるのは、
先述のとおり、それが成長の過程として必要だから。

が、大人になってからパワーポイントを使うようになった世代にとっては、
そういったプロセスは当然発生するのにもかかわらず、
そこを一足飛びに突き抜けて「洗練された資料」を作らなければならない。

 

もっと言えば、
最近PCやタブレットが学校に導入されるようになってきたとしても、
先生方がその使いこなしに慣れていないのであれば、
”そういうスライド”から子供たちがいつまでも脱却できなくなってしまう。

 

この記事のタイトルに「パワーポイントの功と罪」と書きましたが、
皆が説明用の資料といえばパワーポイント・・・と盲目的に飛びついたとき、
そのパワーポイントの持つ(ある意味不必要なまでの)充実した機能が、
そのソフトの「使いこなし」だけを助長して、肝心のストーリー作りや
資料の見易さに苦心できない人を生んでしまったのだな・・・と
子供たちのプレゼンを見て改めて思ったのであります。

 

なお、序盤に述べた「2つの例外」とは・・・

・文字ばっかりでパワーポイントを「大きなワード」として使っている人
⇒ある意味パワーポイントを使いこなせていないが、
これくらいのほうが悪趣味ではない分ましかもしれない

・企業が用意しているカラーリングなどのルールを忠実に守っている人
⇒これを守っていると悪趣味なページは作らずにすみますが、
その分ロジックの崩壊がバレバレになることも

・・・の2つです。

 

大人が”そういうスライド”を作らなくてすむための正攻法は、

企業でパワーポイントを使っている人
・・・まずはカラーリング・フォントなどの企業内ルールをしっかり理解して
その枠内で資料を作ることに慣れることです。

そこから突き抜けたい人、あるいはフリーでパワーポイントを作っている
・・・自分が美しいと思うスライドやプレゼン資料を見て、ひたすら「まねぶ」。

 

デジタルネイティブの子供たちにも、どんどんセンスを磨いてほしいし、
いつかパワポやらKeynoteといった既存のプレゼンソフトに代わるツールが生まれたときには、
ツールのファンクションにおぼれず、自分の伝えたいことにしっかりとこだわってほしいと思います。

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