セミナーで元も子もないことを言ったけど、後悔はしていないと言う話 〜ゼロベース思考〜

かつて、「自己紹介」をテーマにしたセミナーを自前で行っていました。

プレゼンテーションの最も身近なものでありながら、なかなか練習の機会のない「自己紹介」について、ポイントの講義と一人一人のフィードバックをしていく、というコンセプトのセミナーで、毎回の受講者は少ないのですが、手前味噌ながら満足度の高いコンテンツでした。

普通、自己紹介が必要なシチュエーションといえば、ビジネスの場で言えば「名刺交換」「異業種交流会」「転職活動」と言ったところで、僕のセミナーのメインフィールドもそこ。

が、その日はちょうどある方とのコラボ企画で、プライベートな自己紹介・・・もっというと「出会いの場」「合コン」などでの自己紹介を題材にセミナーを行うことになっており、4名の女性が参加してくれました。

いつもと違う新鮮な気持ちで臨んだセミナーですが、基本的にはいつもの「参加型」のスタイルを踏襲。相互に自己紹介をし、相互にフィードバックを与えるというスタイルで、最後に講師として僕がアドバイスをする・・・という順序で進行していました。

そう言ったセミナーではできるだけ空気をほぐして、力を抜いて実践をしてもらえるように心がけているのですが、その日の受講生のうち、一人だけがどうしても、緊張感を解いてくれない。

聞けば「自己紹介の時間が本当に辛い。今日はそれを何とかしたくて来たが、練習だとわかっていても身構えてしまう」とのこと。

ただ、その女性は他の受講生の自己紹介を聞くときはリラックスしていて、感想や寸評をお願いすると非常に的確に答えてくれる。まさに、自己紹介の時間「だけ」が辛い、という方でした。

その女性に、最終的に僕はこんなアドバイスをしました。

「あなたは、自己紹介を頑張ろうと思わなくていい」

一瞬、その方の表情がこわばったのを今でも覚えています。

それも当然のことかもしれません。
自己紹介を上手にやれるようになりたくて、わざわざ時間をさいて、お金まで払って訪れてくださった方です。
自動車教習所で「あなたは運転しなくてもいいですよ」と言うようなもので、ある意味では最大のタブーと言っても良い。

しかし、もちろん、僕は血迷ってそんなことを言ったわけではなく、はっきりとした根拠と、「仮に受講者に怒られても構わない」という覚悟のもと、発言しました。

理由は以下の通りです。
前提として、今回は出会いの場での自己紹介をトレーニングするもので、就職面接のように杓子定規に自己PRをさせられるようなシチュエーションではなく、和気藹々とした雰囲気の中で行われる自己紹介を想定していた。
その受講生の方は自己紹介に強烈な苦手意識を抱えている一方で、他の方の自己紹介を素早く分析し、端的にフィードバックする力が非常に高かった。
この方が異性と距離を縮められるようにするためには、苦手な自己紹介のスキルを伸ばすのではなく、他人の話を上手に受け取れるスキルを伸ばす方がはるかに近道だと判断した。

だから、「自己紹介を頑張ろうと思わなくていい」んですよ。
最後まで説明を聞いてくれたその女性は、最終的には「とても楽な気持ちになれました」と言ってくれました。

セミナーや講座にやってくる方は、いうまでもなく「ニーズ」を抱えています。
今回のケースでは、表面的なニーズは「自己紹介を上達させたい」ということになりますが、より掘り下げれば「異性と上手に距離を縮められるようになりたい」「出会いの場を有意義なものにしたい」ということになるはずです。

本質的なニーズを解決するために、最善の策を選ぶ。
たとえそれが「自己紹介」という自分の売り物とは違うものであったとしても、です。

あらゆる先入観を排除して考えることを、ロジカルシンキングなどの分野では「ゼロベース思考」と言うことがあります。

自分の売り物に自信を持っていればいるほど、そこに固執したくなるものですが、時にはそれを手放さなければならない時もあるのだ、と学ばせてもらった出来事でした。